しんかい船47号の旅

未知の場所へ訪問する旅

赤間神宮(下関市)

赤間神宮(下関市)
赤間神社 (8
壇ノ浦の戦いで敗れた安徳天皇を祀る
赤間神社謂れ
赤間神宮の御朱印
赤間神社御朱印

赤間神社 (7
 山口県下関市阿弥陀寺町4-1
今を去る八〇〇年の昔、源平最後の合戦に安徳天皇は御歳僅か八才をもって
平家一門と共に壇之浦に崩じ給うや 赤間関紅石山麓阿弥陀寺境内に奉葬し
建久二年 朝廷は長門国に勅して御陵上に御影堂を建立せしめ給い 建礼門院
御乳母の女 少将の局命阿尼をして奉侍の上、勅願寺として永く天皇の御冥福
を祈らしめ給う、朝廷の尊崇きわめて篤く文人墨客の参拝亦枚挙にいとまなし
 明治維新に至るや阿弥陀寺を廃し 御影堂を改めて天皇社と称せられ 明治八年
十月七日勅命をもって官幣中社に列し、地名に依り社号を赤間宮と定め給い、
社殿を造営せしめらる。昭和十五年八月一日天皇陛下には勅使を差し遣わされ
官幣大社に御列格宮号を改めて赤間神宮と宣下あらせられ、社殿又改造し輪奐の
美整いしが 惜しむべし大東亜大戦の空襲を蒙り 神殿以下悉く焼失加ふるに未曽
有の敗戦に依り 復興造営は至難を極めしも 本殿祝詞殿以下御復興に邁進、
苦節苦闘二十年にして完工、昭和四十年四月御祭神七八〇年大祭を迎え関門
の風光に和する社殿の壮麗は昔日に倍し実に陸の龍宮と称えらるるに至れり
(赤間神宮の由緒から抜粋)

赤間神社 (12
水天門
赤間神社 (10
御祭神安徳天皇は水天皇大神と称へ奉り 徳富蘇峯翁は之が奉建に際して
「玉体を水底に鎮め給ひしも、御霊は天上にお在しまさば、此の神門を『水天門』
と申し奉る所以なり」とせらる。 蓋しその結構壮麗雄大にして古今無比、他に類例
なく将に天下第一の観たり(赤間神宮の由緒から抜粋)

赤間神社 (4

赤間神社 (5

赤間神社 (6

赤間神社 (11

赤間神社 (9

赤間神社 (16

赤間神社 (13

赤間神社 (14


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